「・・・委託業者に関しても見直す所存です。」
そう僕に向けて頭を下げた。
僕はゆっくり目を閉じた。
遂にこの時が来たんだ・・・
まだ僕が駆け出しと言える頃、1つのトラブルが発生した。
依頼されていた仕事の一部を所謂下請け業者に依頼していたのだが、そこでミスが起きたのだ。しかも今回で2回目であり、同じ業者であり、同じ依頼先に対してなのだ。
すぐさま対応しなければいけない状況と化した社内で、ある上司が僕を呼んだ。
不意を突かれた僕はマジっすか?と高校生みたいななんちゃって敬語を発していた。
自分で言うのもなんだが、そうなっても仕方ないとさえ言えるのだ。
今回のトラブル、会社としては当然関わっているが、正直部署的に関係していなかった僕が謝罪に同行しなければならないというのだ。しかも、それを命じてきたのも、いやあなたがわざわざ?と思ってしまうレベルの所謂重役である。
その重役と僕と実際の担当部署の課長と担当者の計4名で謝罪に向かうことになった。
正直僕の頭の中では出川並みにWHYでいっぱいだった。確かにこの重役と呼べる上司には最近特に可愛がって頂いていた。言っとくがそっちの可愛がられではない。
とはいえ、何故僕が?そして何故あなたまでもが?そんな疑問が消えないまま、あっと言う間に謝罪相手でもあるとある会社に到着した。
えっ?と先方の会社の担当者もまさかの重役登場に驚き、すぐさま同等と言える立場の人を連れてきた。
「いやいやわざわざすみません」
その言葉がその同等と言える立場の人からでることからも、重役の凄さを感じていた。
たわいもない話の中、切り出したのは重役だった。
「この度は本当に申し訳ありませんでした。」
その言葉から始まり、順に今回の問題点を丁寧に説明した。もちろん、下請け業者のミスであることも告げることになる。その上での謝罪と対策を説明した。
「わかりました。ただ・・・」
謝罪を受け入れる代わりということなのか、先方の同等と言える立場の人からある提案がなされた。
「当社はあくまでも貴社だから仕事を依頼してるんです。もちろんこれからもと思っています。ただ、こう何度も同じようなミスが続くと貴社としても有益ではないでしょう。どうですか、下請けを見直してみては。」
簡単に言えば、2回も続けてミスをしている下請け業者を切れと言っているのだ。
厳しい言葉だが当然かもしれない。ビジネスにおいてミスは大きな損害である。信用あっての中に大きなリスクとなるものは排除していかなければならない。もしかして重役はこれを僕に肌で感じさせたかったのだろうか。この現実を見せたかったのだろうか。
日頃から厳しいと評判の重役だった。だがそれは全て仕事の為であるが故の行いなわけである。現に、仕事が終われば気のいいお酒の好きなおじさんなのだから。
そんなメリハリのある重役のことを尊敬していた。憧れてもいた。でも少し、僕は気が緩んでいたのかもしれない。上司達が皆恐れているこの重役と仲良くしている自分に、何か勘違いしていたのかもしれない。仕事に対しての向き合い方に問題があったのかもしれない。
それをあえてこの状況を見せることで、僕を正そうとしたのかもしれない。僕は何だか見ていられなくなり、うつむくように頭を下げていた。ここにいるという事実がとても恥ずかしかった。
「確かに・・・」
沈黙していた重役が声を発した。
「確かに仰る通り御社に対し、多大なご迷惑をお掛けしたわけですから、そうしなければならないと言うのも分かります。下請を切ろうと思えばいつでも切れます。ただ、我々は、その下請けを教育する義務があると思うのです。今回は我々がその義務を怠ったことによるミスです。すなわち弊社のミスです。その上で、もう一度教育するチャンスを頂けないでしょうか。」
え?
マジカッケーんですけど
重役の狙いはこっちだったのかと、気づいたと同時に改めてリスペクトした。この上司についていきたい。この上司の為に働きたい。本気でそう思った。
僕は無意識に重役を見つめていた。僕もこうでありたいと。某ドラマのセリフではないが、結局最後は人なのだと思った。人で決まる、つながりで決まるのかもしれない。人を、つながりを、大事にしよう。そう強く思った。
結局、先方の同等の立場の人も同感ですと重役の話を受け止めてくれ、事なきを得た。謝罪と共に下請けを救ったのだ。
そして今、立場も内容も違うが、同じようなと言って良いであろう状況になった。
あの日から僕は目指す自分になれているのだろうか。その問いにある意味答えを出す瞬間が今目の前に起きようとしているのだ。
僕側が依頼者であり謝罪を受ける側だ。そして今冒頭のセリフと共に頭を下げているのが依頼を受けた業者であり、しかも下請けのミスで問題発生したという内容だ。
僕は関係部署の責任者として呼ばれ謝罪を受けている。そしてその横には今後期待する部下がいる。
今こそ、僕があの重役から頂いた言葉を次の世代に渡す時が来たのだ。言葉のバトンを、魂のバトンを・・・
僕はゆっくりと深呼吸し、口を開いた。
「分かりました。ただ1つ・・・」
提案という形で僕は伝えることにした。あの言葉を。
「委託先が原因というのは分かりました。しかし、そこも含めて御社ですよね。御社としても委託先を教育するぎゅ義務があると・・・」
噛んだ・・・
(だっせ‼)
何とか言い直し委託先という下請への教育をお願いした。承知しましたと頭を下げこの件は終わりをむかえた。
相手が帰った後、少なからず何かが伝わったのであろう、部下が僕に声をかけてきた。
「優しッスね。マジリスペクトッス」
どうやら僕は渡し方も渡す相手も、そして渡すモノすら間違えたようだ。
リスペクト嬉しッス
ですね。