先生。そう呼ばれていたことがある。そう僕がだ。
先生と言えば、一般的に浮かぶのは教師であろう。小・中・高。何なら大学もか。
次となると様々だが、医者もそう呼ばれている。後は、政治家も。弁護士なんかも言われていたような・・・。あっそうそうマンガ家や小説家も。
個人的に【先生】というと思い出してしまうのは夏目漱石の小説『こころ』だ。
死ぬ前までに読まなければいけない本というルールにエントリーしたこの本。ちなみにこのルールを決めたのは僕であり、守らなければならない義務があるのも僕だけなのだ。
そんな自分自身に課したルール、名付けて死ぬまでルール。何のひねりもないこのネーミングはさて置き、小説ではもう一冊このルールにエントリーしている本がある。
それは太宰治の小説『人間失格』だ。どちらも日本を代表する小説家の本であり、ある意味定番かもしれない。その定番だからこそ読んでいないのはどうなのかと、当時の僕は思ったのだが。
そうだが、実はもう一つ後押しした出来事があった。それが偶然にもデスノートと関係する。
1つはご存知の方も多いと思うのだが、今から10年くらい前だと思う。デスノートでお馴染みの小畑健先生が表紙を描いて話題となった。
そうそうコレ↑に見事釣られた1人が僕だ。相当売れて話題になったわけだが、それでも知らない人は知らないのだけども。
そしてもう1つが、これは、いとこから教えてもらったわけなのだが、これも約10年位前だと思う。
青い文学シリーズという深夜に特別企画で連夜アニメをやっていて、そこでこれまたデスノートの小畑健先生がこころのキャラクターを描いたわけで、それが僕の始まりだった。
実際、人間失格も同様にアニメで、小畑健先生が描いていたらしいのだが、まんまと見逃したわけだ。
僕は小説を読む前に、このアニメで『こころ』を知って面白いと感じ、小説へと進んだわけだ。ただ、このアニメは小説とは異なる視点からの内容の為、原作ファンからは相当叩かれていた記憶がある。興味があっても、受け入れれる寛大な心のある方だけ、正に『こころ』のある方だけにおススメする。
ちょっと脱線してしまったが、まぁ~2冊とも読んだのだが、恐らく読もうと思っていた当時の僕は、ある種病んでいたと思う。だからこその欲求だったと思う。どちらも楽しい話ではないからだ。
そんな思い出の話はさて置いてだ。
ここまで読んでも、気になって頂けてるのかアレだが、何故僕が先生と呼ばれていたかだが、正直つまらない。教師は教師でも、しがない家庭教師だったというわけだ。
対象は中学生。僕が高校生の時だ。ちょっと特殊な高校なのでできちゃうわけだ。
小遣い稼ぎのつもりで家庭教師なんちゃらに登録していたのだが、部活動が忙しく、正直ほとんど断っていた。何のために?と自分でも理解できないそんな時期の話だ。
一緒に家庭教師なんちゃらに登録していた友人が、どうしても代理に行って欲しいと、僕の大好きなチョコレートを持って依頼してきたことがあった。
生徒は中学3年生。受験を控えためんどくさい時期の男子。強化科目は数学と英語。
正直受験を控えているというのが引っ掛かったのだが、近隣の女子高とのズキュンドゥキュンということで、とりあえずOKしたわけだ。あくまでも仕方なくだ。
原チャリ使っていいから。そんな言葉を最後に友人との交渉は終了した。そしてこの瞬間から僕は教師になった。
そうS先生にだ。
「先生、できました」
生徒となった中学3年生の家のベッドで柔道部物語という漫画を読んでいた僕。いいところなのにと、聞こえないように舌打ちして、机に向かう。
この日の教科は数学。数学は良い。個人的にも数学は好きだがそういう意味ではなく、採点が良いわけだ。
数学は答えが1つだ。厳密に言えば2つもあるのだが、1つと言って過言ではない。明確に答えがあるのが数学であり、正解不正解がはっきりしている。解き方など答えまでの経過もあるが、答えが間違えていれば不正解だ。チェックというレ点を付ければそれでいいわけだ。実に潔い。それが数学だ。
正解、不正解を犯罪者を裁くように次々に処理していく僕。
「じゃあ、間違ってたとこはもう1回やってみようか」
そう告げ、僕は柔道部物語の続きを読む。この生徒は柔道部らしく、中々の実力だったらしい。そんな彼のバイブルがこの柔道部物語なのだ。
面白いから読んで下さいと進めてきたから読んでいるわけで、決して教えるのがめんどくさい的な感じでもなく、やんちゃな教師というGTO的なわけでもない。言いたいことも言えないそんな世の中ではない。
ちなみに、今回やけにAmazonリンク貼ってんじゃねーかと思ってる方もいるかもだが、恥ずかしい話、最近やり方を知ったというわけで、貼りたがりなわけだ。要は画像を使いたいそんな意図なので、眺める程度で大丈夫だ。
この後、多少の修正を加え、ポイントを告げプチ授業は終わるわけだ。これらのアドバイス的なものは全てマニュアルに記載されている。つまり、何ら分からなくてもできるっちゃできるシステムになっていた。
もちろん、予測不能な質問もくるので、応用できなければならない。つまり、ある程度は、問題を解く力も必要なのだが。だが、家庭教師なんちゃらに登録できる人であれば、容易なことだと言える。
柔道への熱い思い。文武両道を重んじ家庭教師をお願いしている事情。好きな子のタイプ。そんな話をして楽しい時間が過ぎていく。わけではない。
考えてもみて欲しい。家庭教師を利用するということは、やはり勉学に何かしらの問題があるからだ。学校では補えないものがあるからだ。塾などの集団の中でも補えないものなのだ。つまり、マンツーではないとという理由があるわけだ。
考えられるのは2点。1点はあまりにも学力があり、学校や塾では物足りない。より専門な内容をという先を見据えて学力を補いたいという専属教師の場合。そしてもう1点は、もう授業にさえついていけない、逸早い救済処置が必要な場合。
そしてこの柔道中学生略してヤワラくんは、明らかに後者なのだ。つか、やべーほどだ。
上記の 「じゃあ、間違ってたとこはもう1回やってみようか」などと素敵な教師風に言っているが、間違えていないのは1問か2問だけだ。約30問中だ。つまり、やり直しレベルだ。絶望なわけだ。
僕が家庭教師に行ったのは春が終わろうとしていた時期だ。そしてやっている内容は中学1年レベルだ。どうすんだヤワラくんなわけだ。背負い投げとかやってる場合ではないのだ。それこそどんだけ~なわけだ。
掛け算はギリギリなんとかだが、割り算は致命的だ。分数となれば破壊的としか言いようがない。僕のボキャブラリーが貧弱なのもあるが、このヤワラくんを表現できる言葉があるとしたら、それは人類があと数千年進化し、過去の遺産としてミスターヤワラを学者達が研究でもしない限り不可能なレベルだ。
それほどまでヤワラくんはやべー状態なわけで、もし今学力を測定できるスカウンターがあるのであれば確実にボンと破壊してしまうくらいマイナス的パワーのはずだ。ゼロですまないというわけだ。おやおやなどと優雅にフリーザが話すわけない状況なのだ。分かりづらいなコレ。
とにかくだ
やべー奴ヤワラくん。もうヤベラくんだ。また命名しちゃったわけだ。十数年の時を越えあだ名ができるとはさすがだぜヤベラくん。もうなんならYABERAとかタオル作っていいんじゃないかとさえ思えてくる。
そんなヤベラくんだが、どうせ僕は臨時の今日だけ先生だ。二度と会うことはない。と思えば、多少の驚きはあれど問題ないわけだ。本日の復習なるものをやって授業終了。かっるい音をたてながら原チャリで帰ったわけだ。
数日後
またしても代わってくれと友人が来た。当然ヤベラくんだ。僕は自分の力では彼を救済できないと正直な気持ちを告げ、断りかけたのだが・・・。今度は年上の女子短大生とのホニョホニョホニョホニョホニョというわけで了解した。あくまでも仕方なくだ。
「先生、できました」
相も変わらず柔道部物語を読んでいた僕。いやこれが中々面白いのだが、そんな楽しい気持ちを見事破壊してくれるヤベラくん。今すぐ解答用紙を破り捨てたい衝動にかられた。僕が未だに覚えている回答例を見て欲しい。
ちなみにこの日は英語だった。
問題
次の単語を訳して( )の中に書きなさい。
April
(りんご)
正解:4月
まっ分からんでもないけども・・・
house
(ホース)
正解:家
読んだわけね
tomorrow
(トモロロ)
正解:明日
お前に明日はないね
yesterday
(はい、そうです)
正解:昨日
単語の訳に句読点入れる鬼メンタル凄っ!!
ちなみにこの法則からNovemberを(いいえ、ちがいます)みたいに答えるかと思ったのだが、(メンバーが居ない)と答えた。ある意味天才?
結局僕は、辞書を使って良いと告げたのだが、辞書を引けないようなので、全部答えを教え、ノートか何かに10回ずつ書いて覚えようと、もっともな事を言いつけ、柔道部物語を読破した。確か計10巻だ。
柔道部物語の主人公は三五十五(さんごじゅうご)という高校生。ある意味だまされて柔道部に入部するのだが、徐々に強くなっていくという柔道版はじめの一歩みたいな内容。正確には柔道部物語が先なので、はじめの一歩がボクシング版柔道部物語なのかもしれない。
ヤベラとの出会いで良かったのは、この漫画に出会えたことだけだった。そう心で認識し、笑顔でヤベラ家を後にした。グッパイやべー奴。
数日後
家庭教師なんちゃらから電話が来た。正式なオファーというわけだ。予想通り相手はヤベラ。有難いが部活が本格的に忙しくなるのでと、もっとものようで理不尽なことを言い断りをいれた。同時に家庭教師なんちゃらも辞めた。
その後、ヤベラが高校受験に成功したのかどうかは分からない。柔道家としてもどうなのかもわからないままだ。ちなみに名前すら憶えていない。
最初で最後の生徒がヤベラだったのも何かの縁だと思う。そのおかげでこの記事を書けているのだから感謝するしかない。
もし、どこかで何かの間違えが起きて、ヤベラがこの記事を読むことになったとしても、名乗りでないで欲しい。僕をそっとしておいて欲しい。
それが僕の、S先生の願いです。
ですね。