所謂お盆休みになった僕は豚肉を喰らい、鳥肉を喰らい、日本酒を浴び、洋酒を浴び、大声で笑い、大声で話し、その全てを僕の
はい。二日酔いです。お得だね←
なんやかんやとパンイチで寝ていたわけで、昨晩と言うべきか今朝と言うべきか帰りの途中で無意識に買ったコンビニ弁当を食べながらPCをイジイジしてまして、普段見かけてはいるけどしばらく中を覗いていなかったフォルダを何故かクリックしたらあらやだあなた居たのねと
というわけで「ですね。radio」スタッフ緊急招集で編集しましてはい更新しました。というわけで今日は?今日も?ラジオとなります。今年の3月に収録していた内容で、既に更新しているトーク内で同様のことを話しているかもしれないし、そうじゃないかもしれないですが、そこはアレで。
ノイズ除去してたら運転してんのかレベルで静音になっちゃって良いのか悪いのかですがまぁそこもアレで。
一応今の僕の補足なんかを書いていこうとは思ってますので、お時間ありましたら聴いてあげて欲しいなと。ではどじょ←
Radiotalk版
Spotify版
じゃちょっと3月の僕の考えをこの8月の僕が補足していこうかと思います。
まずはメンヘラ枠から
「結局1番は誰なの?」という質問だけど、そもそも順位をつけるような関係性に思っていないというか対象として見ていないというのが僕の考えではあります。
誰とでも仲が良いのが悪いのかと逆に言いたいわけで、仮に対象者がいたとして何故お前に言わなきゃならないんだとさえ思えちゃうくらい腹立たしいですね笑
この質問を誰がいうかにもよるんですけど、異性が訊いてくる場合って自意識過剰かもですが「自分は1番じゃないのか?」が含まれてるような気がしちゃうんですよね。
不安というかある種の苛立ちなのか、まっ訊いてくる時点でお前じゃねーよ率爆上げなんですけどね笑
「同じように好きなってくれない」的なやつも、お前の好きという思いはあくまでも一方的なものでこっちのためになってねーんだよみたいなこともあると思うんですよね。本当の意味で相手のことを思っているなら、ちゃんと伝わると思うんですよね。
あくまでもパートナーからの言葉なわけで、これを付き合ってもいない奴から言われたらというか言う奴の気が知れないわけで、つかいるんかな?とにかく求めちゃダメな気がしますね基本的に見返りってやつをね。そう思いますけどね。
メンヘラ製造機って恐らく多くの人に気を持たせるというか好意を持たせるタイプってことなんですかね?それを無意識でもありつつ、意識してる部分もあったりで、しょうがないんだと思います笑
少なくとも僕のことはしょうがないんだと思います←
高齢者の運転枠ね
これはもう実現してもらわないとと強く思うんですけどね。高齢者も運転しなくていいならしないと思うんですよ。確かに中には自分の衰えに気づけないというか気づきたくないのか、無謀な運転をする方もいるんですけど、けれど、車がないと生きていけないという理由があってだと思うんですよ。
車を所持しているということはそれなりに維持費がかかるわけで、その同等の費用で何かサポートできる環境というか、もう街レベルで対応しないと無理なんだろうなと考えちゃいますね。
皆が皆歳を重ね成長し、ある時から衰えていくわけですよね。これはもうどうしようもないんですよね。だからこそ取り組まないといけないのではないかなとか。身勝手な考えでしょうけど思っちゃいますね。8月の僕も思っちゃいますね。
ちなみに、何かで聴いたんですけど、楽しいと時間の経過を感じないじゃないですか?それこそ1時間くらいかなと思ってたら実際は3時間、4時間経ってたとかあるじゃないですか?
あれって本当に体は感じた時間分しか、それこそ1時間分しか経過してない状態らしく、つまり楽しいと感じていると体は歳をとらないってことになるらしいんですよね。
本当かどうかは別として、でもそんな気もしちゃうのも確かで、良く笑う人って若々しいし、綺麗だし、カッコイイと思うんですよね。
だからそうですよ皆さん!この「ですね。note」読んだり「ですね。radio」聴いたりしたら歳とらないんですよ!ね?そうでしょ?楽しいでしょ?そうだと言いなさい←
最後は出生率枠ね
うーん。漠然と子供が欲しいと望んだ人が100%できるような何かサポートをして欲しいと思っちゃいます。望まれず生まれたなんて人がいないと信じたいですが、そう思わせるような扱いというか対応をする人がいるのも事実なわけで、僕はなんかいつも胸が痛くなります。一応言いますが健康体です。
もちろん、産んだ後のサポートも必要ですし、それがあるからこそ産もうといいますか、欲しいと思えるのも分かりますけど、できないというのをまず何とかしましょうよって思っちゃうんですよね。おかしいですかね?
生きて行くってなんですかね?
突然なんだとかお思いでしょうけど、わりと僕は昔と言える時から定期的に考えてしまう題材だったりします。
何が正解なのか、何がゴールなのか、とか。どうであれば生きてきたってことなのか。考えても仕方ないことなのか、そうでないのか。それは何故なのか。
こんなことを考えてもとか思うんですけどね。きっと1つの終わりを感じた時思い出すのかなとか思っています。
これからどうすれば…そんな意味が込められてるのかなとか今の僕は思ったりしています。そう言えば最近考えてないなとか思うことが思い出してることだったりで、何だか一生考えたがってるのかなとか不思議に思ったりもしています。
やがて来るであろう死。その死というものを知らないからこそ怖いという感情があるんですかね。怖いだけじゃないのだろうけど、知らないことというのは正にかなとか。
知らないことで別れが起きるわけですよね。生きている人達と。
忘れないで欲しいと思うのもありますけど、けれど、本当に勝手なんですけど、自意識過剰なんですけど、もし、ほんのちょっとでも悲しいとか苦しいとか残ってしまうなら、忘れて欲しいなとも思ってたりします。忘れられないからこその辛さを悲しみを知っているから。とか。
死んでいないとか、心で生きているとか、そうなんだろうけど、一緒に「悲しい」も残るんだよね。
うーん、お盆だからなんですかねこういう感情は。やっぱ日本人ですな笑
まっ、まだまだ僕は生きて行きますけどね。そして、度々考えるんでしょうね。
いつか答えが出たらブログにしますね。
楽しいと歳をとらないとすれば、当分僕死なないかもしれないですけどね笑
ですね。