いつからだろう、僕がされる側になったのは。
「小さい頃はもう人見知りが凄かったのよ」
必ず母親は僕という人間の説明にその言葉を遣っていた。
実際そうだったのだろう。ただ、そんな昔を伝えたところで一体何になるのか。そんなことを考えていた時期があった。もっと言えば、なぜそれを伝えたいと思っているのか、伝えなければならないと判断しているのか。
その答えは中学という時期の僕でもすぐ理解できた。その時の

母親が言う小さい頃が何歳までを指すのかはわからないが、確かに僕は知らない人と話そうとはしなかった。記憶とは呼べないけど覚えているみたいなんだ。
確か心理学だったと思うのだけど、幼少時に人見知りする子は親の愛情をたくさんもらっている子に多いらしい。愛情が足りない子はそれを親以外に求めようとするため、知らない人にも寄っていくのだとか。
それが本当ならたくさんの愛情を与えた相手がババアだの死ねだの言うのだからたまったもんじゃなかったろうなと、なんとなく理解者ヅラしとく笑
そんな僕だが、なぜか小学時代は学級委員長なんかを必ずやっていた。立候補もあったかもしれないけど、推薦が強かったと思う。転校生だったからなのかもしれないが、なにかとクラスの子達は僕に気を遣っていたようだった。
遣わせていたんだな…ぐはっ

それも小学4年までの話。そこから今の今まで大きく変わっていないと言われるのだから、人間というのは不思議な生き物だと思う笑
とは言え、成長というのもあるわけで、年齢と共に僕のいる
当然最初は
ところがだ、そんなに変わらない僕のはずなのに、いつのまにか
本当にいつからなのか分からない。なぜ僕は相談される側になっているのか。
ただ、僕じゃないとダメだろうななんて今は思ったりする始末で、率先して聞き役に徹していたりする。それが苦じゃなかったりする。自分では不思議なんだけどね。
特別解決策を伝授してやる!なんてな感じじゃない。ただ相槌を打ちながら、その相手からの言葉を色んな角度で眺めながら、受け止めている。わりと丁寧にね。そんな気でいる←
気づいたことを1つ2つ伝えたら、それで相手は気が済むみたいなことが多い。もちろん、全てにとは言えないし、特大の重量級の言葉を全身を遣って受け止めることもあるし、なんなら受け止めきれないこともあるし。わりと避けちゃうのよね←
でも、多少なりともその相手の負担?を和らげることはできているのかなとか自画自賛している。
いるのだけど、勝手なのだけど、漠然となのだけど、思ってしまうことがある
じゃあ、僕は誰に聞いてもらえばいいの?
いや、勘違いしてほしくないのだけど、聞いてほしいという欲求は強くない。そもそも悩みとカテゴライズされたものは考えてもしょうがないと思っているし、無駄しかないと思っている。
仮に何か起きたとしても、解決策を自分で考えているので、そもそも他人に話そうという気にもならない。相談しようなんて考えにもならない。ならないのだけど、ふと考えが浮かぶことがある。無駄だと分かっているのに。
損得という観点でもない。ただ、他の人には僕という側があるのに、僕にはその側がない。僕に相談される側の人間がいない。そう漠然と浮かんでしまうんだ。
もしかしたら、自分ではどうしようもない解決策が浮かばない、重く苦しい言葉が僕の中に生まれた時に、どうしたらいいのかと、どうなってしまうのかと、あるかも分からない未来に恐怖しているのかもしれない。不安になっているのかもしれない。そんな思いをいつも抱えていたのかもしれない。
少なくともそういう感情を、言葉を、今まではこのブログに、Podcastに、ぶん投げていたのかもしれない。
だが、今はそれすらしようと思いづらくなっている。でも、ある意味苦しい言葉が僕の中に生まれない環境にいるからだとも言える気がしている。
だからなのか、そんな言葉が生まれないからなのか、僕はされる側じゃない、する側に、話す側に無性になりたいなとか思ってしまうことがある。
思ったからコレ書いたのかもね。
だから、これを読んでいる
だと、いいんだけどね笑
どうでもいいか…

ですね。