今から5年前だろうか。いや、もっと前かもしれないのだが。
羽田発函館行のJALの便に僕は乗っていた。
本来北海道へとなれば新千歳行に乗るのだが、この日に限り函館に用事ができたのだ。
そんな日に限ってと嫌でも言いたくなるのだが、離陸予定時間は過ぎているのに、全く飛ぶ気配がない。
そもそも滑走路まで動いていない。
機内のアナウンスでは『現在書類を確認している為、遅れている』という内容のものしか流れない。
書類の確認って?何を今さら?
恐らく僕以外の人達もそう思っていたに違いない。
確か20~30分遅れで離陸したと思う。
僕は前日の疲れもあり、離陸するかしないかで眠りについていた。
函館までの所要時間は約1時間20分
着陸30分前といったところだったと思う。
『申し訳ございません』
女性の声で僕は起きた。
目を開けると、前の席の人に片膝をつく姿勢で丁寧に話をしている客室乗務員所謂CAさんがいた。
キリっとした綺麗な人だったということを覚えている。
恐らくチーフパーサーの人である。丁寧に話を終えたかと思うと、僕に同じような姿勢で同じように声をかけてきた。
『この度はお忙しい中、大変申し訳御座いません』
どうやら、離陸が遅れた内容の説明のようだった。
詳しく覚えてないのだが、どうしても椅子を倒した状態でなければならない搭乗者が居たらしい。
本来、規定では椅子を倒しての離陸と着陸は安全上の問題でダメらしい。
確かに離陸前や着陸前に席を戻せという内容のアナウンスを聞いたことがあるし、実際に注意しているCAさんを見かけたこともある。
だが、特例として可能かを調べていた為遅れたと。何度も管制塔ともやり取りしていた為遅れたと。
そんな内容だった。
今思えば、椅子を倒してしか乗れないというのはどういうアレなのか、そもそも事前にその事を知れなかったのか?知らせなかったのか。
と、いくらでも不満はでるのだが、だが、あの時も今も、同じことをされれば、そうですか大丈夫ですと。そう答えるだろう。
決して綺麗な人だからということではなく、あの態度に不満を言えるほど僕は嫌な奴ではなかったという事だ。
当然だが、ほかのCAさんも説明していたはずではあるが、少なくとも10人以上に同じように説明しているはずだ。
正にプロだと思った。
もし、これが日本以外の航空会社であれば、アナウンスだけで済ましたのではないだろうか。
或いは、そもそも椅子を倒してしか乗れないような状況ならば、乗せないかもしれない。そんな気がする。
日本の気遣いはやはり世界一だろうと思う。現に海外の航空会社に乗るとその不親切さを嫌でも感じるものだからだ。
日本しか知らなければ普通と思ってしまうかもしれないが、それでもこの行為はプロだと思う。
そんなことを思い出さずにはいられないことが身近で起きた。
僕の住んでいる場所は定期的に清掃業者が来る。駐車場やら外観やらの清掃を行っている。
当然彼らも間違いなくプロなのだ。
竹ぼうきというのだろうか、丁寧にそしてスピーディにほうきをかけるおじいさん。
ちょうど僕の車の前を掃除していたそのおじいさんに声をかけた。
「すみません。車出したいんですけど」
『あ~どうぞっ・・うん・・ゴッ・・ガッ・・』
えぇええええ~!!
『あぁ~どうぞ』
僕は言葉を失った。そこまでとは。
恐らくおじいさんは掃除した地面を汚さない為であろう。絡んだタンを自分の胸ポケットに吐いた。いや入れたが正解だろう。
世界に誇れる日本の気遣いがココにもあったのだ。
タン in おじいさん’s 胸ポケット
いや、不完全だ。
おじいさん’s タン in おじいさん’s 胸ポケット
プロだと思った。
聞いてもいないのにポケットの中にティッシュが入っていることを教えてくれたおじいさん。
だったらそれでとかは言えない。
「ほうき持ってたから」と、まるで心を読んだかのように補足するおじいさん。
置けよとか言えない。
すかさず運転席に乗り込み車を出した。
聞こえないであろう口パクでありがとうございますとおじいさんに告げながら会釈をした。
会釈を返すおじいさん
遠ざかるおじいさん
グッパイ!ポケタン※
※ポケットにタンを吐いたおじいさんを命名
見えなくなったポケタンを感じながら、チーフパーサーと一緒にしてはいけないと強く思った。
心の中であの日のJALのCA全員に謝罪した。
凄さではポケタンの勝ちだと思った。
冷静に判断するそれが僕の流儀。
最低な流儀だ。
ですね。