久々にお会いした。
それほど親しくはなかったのだけど、僕は覚えていた。忘れることはできなかった。
「えっ?他に誰居たっけ?」
結構自分では目立つ方だと思っていたのだけど、僕の思い出は薄いようだった。
「あ~なんとなくだけどあのクラスね。そっか」
「あの時必死だったんだよね。だから生徒より自分の事でいっぱいでさ」
あの頃にはない目尻のシワが、かけてなかった眼鏡の存在が、年月を物語っていた。そりゃ覚えてる方が凄いだろうな。
担任とかじゃなく、しかも非常勤の先生なわけだし、覚えてなくて当たり前だ。現に当時の担任や常勤の先生ですら思い出すのに時間がかかるのだから。学年の数だけ、クラスの数だけ、生徒の数だけの記憶。何千人と過ぎ去っていった中の1人であるから当然だろうな。もっとかな??まっいいや。
「アレ?あのやんちゃだった子?ほら、サッカー部の。はいはいはい。へぇー」
なんとなく記憶と目の前の僕がリンクしたみたいだった。ありがたいことだ。
偶然というわけではないのだけど母校に行く機会があった。せっかくだからと挨拶しに寄っただけなのだけど。めったに行けるような場所でもないので、わりと即決で行動できた。
今目の前の笑顔の先生を僕はわりと鮮明に覚えている。シワも眼鏡もなかった時の先生を。
理由は簡単だ。僕はこの先生からあるペナルティを言いつけられた。テストの点数が悪かったとかそんな理由だったと思う。当然クソ生意気だった僕は猛烈に反発した。言い逃げるように教室を出て行った先生を追いかけて。
『中学生じゃねーんだよ!何でこんなことしなきゃなんねんだよ!オイ!調子のんなや!』
この先生は当時他の中学の先生だった。その先生が僕の通っていた特殊な高校の先生として非常勤で来ていたわけだ。言わば大抜擢であり、ある種この先生が優秀だということなのだが。それが気に入らなかったのか、女性の先生ということで勝手に何か子ども扱いされたように感じていたのか、今となれば何も分からないのだけど、僕は怒鳴り散らしていた。
『理由を言えや!何の意味があるんだ?あぁ!?』
廊下で騒いでいた為、他の先生にさとされ僕は自分の教室に戻った。その間もずっと文句を言っていた。我ながらクソ野郎だった。今もかもだけど。
『あの時はすみませんでした。もう遅いでしょうけど』
今更だろうが僕は謝罪した。本当にコレがしたかった。母校に来た最大の理由はコレなのだ。この先生が常勤になったと聞いた日からいつかは行きたいと思っていた。ずーと僕の中で残っていた。こんなチャンスは2度とない。そう思ったわけだ。
「ごめん全く覚えてない。さっきも言ったけど自分で精一杯だったから」
嘘を言っているようには見えなかった。本当に大変だったんだなと思う反面、自分がどれだけクソ野郎なのかを再認識した。
この先生の記憶には僕が謝罪すべき出来事は存在せず、別の出来事でやんちゃしていた僕の記憶がほんの少しだけ残っていた。その思い出を聞けただけでもありがたいのに。何だか申し訳ない気持ちになった。
「それで今なにやってるの?」
その言葉に答えるように名刺を渡した。
「へ~凄いじゃない。偉くなったわけね。頑張ったのね」
『いやいや僕でもこうなれるわけですから。きっと今の学校の子ならすぐ僕を抜いていきますよ』
照れくささもあり、そう答えた。普通ならこれで会話は成立するはずだった。続くとしても何言ってんの頑張ったからよとかそんな内容のはずだ。だが僕は予想外の言葉を聞くことになった。
「そんな事絶対言っちゃダメ。今あなたのことを尊敬したり慕ってくれたりしている人達に失礼よ。その人達のためにも自分を卑下(ひげ)しちゃダメ」
凄いな先生って。言葉って凄いな。
初めて言われたこの素敵な言葉を、ちょっと大切にしてみようかなと思った。こんな僕でも。いや、僕だからこそ。
いつまでも先生は先生で、生徒は生徒のままなのかもしれない。
てことはそっか、じゃあアレか
僕はクソ野郎のままか。
ですね。