これどうぞとお菓子をもらった。会社で。
どうしたの?と聞いて欲しそうだったので、めんどくさいけど聞いてみた。
ちょっと出かけたんで。と濁してきた。深く知る気がないので、そうなんだと適当に答えていると
凄くロッジが素敵なとこで~と自分から教えてきた。めんどくさい。めんどくさいけど思い出した。ロッジで思い出した。
あの日のアイツを。すっかり忘れていた。
ダビデのことを。
高校の友人で僕の心の中だけのあだ名。イタリアだったか、ロシアだったかとのクォーターだった彼は、鼻も高く掘りも深く色も白くと、教科書に出てくるダビデ像みたいという中学生的なノリで勝手に命名された可哀そうな奴。と言っても実際呼んだことはないからセーフだ。
その洋風な顔に信じられないくらい分厚いレンズの眼鏡をかけていたダビデ。ピンポイントで日本人のダメな部分の遺伝子を受け継いでしまったようだ。だから一見がり勉という風貌だった。
そんなダビデと仲良くなったエピソードがある。
当然高校時代の事。ある日払いの土方のバイトに行った時だった。人が足りないという理由で急遽集められた中にダビデがいた。正直意外だった。
車で2時間以上かけて向かった現場は所謂キャンプ場チックな場所。数件だがロッジなるものが作りかけだが建っていた。まだまだこれからも建てますよ感ありありな状態だった。
着いて軽く説明を受けて作業開始。3人1組での作業。僕は仲の良いツレの・・・どうしよう・・・そうだRにしよう。仲の良いツレのRと所謂親方的な業者の人と。ダビデは業者の2人と組むことに。
作業は簡単。まずは足場作り。両側の柱部分の上に正に足場となる一枚板を取り付けるという組み立て。それをつないでいく感じ。終われば今度はその上へ同じものをみたいな。イメージがこんな感じ。
これを3人1チームで黙々と組み立てていく。当然ダビデの班もなのだが…。
ダビデの班には若い業者の兄ちゃんと自ら俺ベテランですよ雰囲気をこれでもかと全面に出しまくっている、感じの悪いおっさんが居た。
この感じの悪いおっさん通称赤シャツ。この赤シャツとダビデとの間にこの後ある事件が起きる。
そろそろ昼飯休憩だな。誰ともなくそんな言葉が出始めた時だった。
食事の前の最後の仕事として、小さめの土管を運ぶことになった。僕はRと、ダビデは赤シャツと運んでいた。
僕らが先に土管を運び終わり、ダビデ達を待っていた。
進行方向を背にしてダビデが先を行く。赤シャツはブツブツ言いながら押すように運んでいたその時だった。
「うわっ!」
石にでもつまづいたのか、ダビデはよろけた。次の瞬間、ダビデは手を放し土管は落下、衝撃は赤シャツに加わり赤シャツも土管を手放す。よろめきながらダビデは後ろ向きに転倒。
バギッ
(え!?)
ダビデは転倒した際、僕らが運んだ土管に後頭部を強打した。幸いヘルメット着用だった為、特にケガはないがそのヘルメットには亀裂がはしっていた。
「おいっ、大丈夫か?」
僕をはじめRや親方的な業者の人が駆け寄る。大丈夫ですと険しい表情で答えるダビデが自力で起き上がるのを見ていたその時だった。
「ったくコレだから嫌なんだよ高校生なんてよ!こんな土管もまともに持てねーなら来るなってんだよ」
ブツブツと文句をいう赤シャツをなだめる親方的な業者さん。イラっとした僕とRはメンチビームを赤シャツに送信開始していた。だがそれ以上に邪悪ともいえる膨大な悪意のエネルギーの塊を発信していたダビデ。
「オメーより学歴上なんだよ」
(そこーー!?)
どの部分からの怒りなのかアレだが、とにかく怒りのベクトルは全員一致していた。
業者の人達は節約なのかコンビニの弁当で済ますと言ってきたので、僕らだけでそのコンビニのわりと近くにあったラーメン屋で昼飯となった。
食べながらもありとあらゆる言葉で赤シャツをディスるダビデ。こいつ面白いと思ったのが仲良くなるきっかけだった。トイレから戻るとRとダビデは真顔で会話していた。この時は特に気にもしなかったのだが。
妙に意気投合していたRとダビデ。午後からの足場作りの作業でもいつの間にかチームとして組んでいた。
1段また1段と足場を作る。今思えばこれ違法じゃないのかと思うような高所の作業となったその時、事件は起きた。
3段目の天井に足場となる1枚板を取り付けている時だった。すでに3段目の足場が設置された場所にRとダビデが上がり、板を下の段で待ち構えている赤シャツに支えてもらいながら取り付けるそんな作業だった。
僕はRやダビデに横から板を渡す作業をしていた。1枚、また1枚と移動しながら設置していく。あと1枚で3段目の天井が全て埋まる、言わば4段目の足場となる箇所が完成するその時だった。
「ほら最後だからちゃんとやれよ」
赤シャツがRやダビデに向け叫んだその時だった。
ガン!!
(えっ!?)
「おい何やってんだよ!」
ガン!!
(えええっ!?)
「うごっ」
ダビデかRか分からないが、とにかく板から手を放した為板が落ち赤シャツの脳天に直撃したのだ。
もちろんヘルメットはしているが、その音からも直撃したことがわかった。
とはいえ、完全に落としたのではなく、赤シャツが下から支えていたので予想よりも荷重がかかったが為に腕だけではなく頭でも支えることになったという状況だった。逆さに見れば三転倒立のような状況だった。
Rとダビデはすぐさま拾い上げたのだが、慌てたのか再度落としてしまい、2回連続で脳天直撃していた。見た目にはドリフのたらい落としが2連続で起きたような風景だった。
「大丈夫かよ~」
親方的な業者の人は問題ないと感じているのか笑いながら問いかける。
Rとダビデはすみませんと必死で板を持ち上げていたが、完全ににやけていた。
正直僕は最初は驚いたが、結果無事だったこともあり、笑いをこらえるのに必死だった。
「もう~頼むぜ~」
赤シャツの力ない叫びに全員が笑った。現場のムードは良くなり、この後作業は何故かはかどって予定より早く終わった。
のだが・・・
帰りの車の中、みんな疲れていたのか各々がウトウトと眠りについていた時だった。
「ありがとう」
そうダビデの声が聞こえた。誰に対して何を言っているのかその時は眠気もあり気にしてなかったのだが・・・
もし、あの板を意図的に落としたとしたら
その共犯者がRだとしたら
その打合せは昼食の時だったとしたら
あの言葉はRに対してのお礼だとしたら
考えれば考えるほどダビデへの疑いは強まるばかりだった。
結局、聞いちゃいけないことだと勝手に思っていた僕は、最後まで聞けぬまま卒業となった。
高校卒業後、しばらくは連絡を取り合っていたのだが、ダビデは日本が嫌だと海外に出た。それ以来彼とは音信不通のままだ。
Rとはたま~にだが今でも連絡はとっている。1度だけ聞いたことがある。あの日の事を。
僕は正直に告げた。板をわざと落としたと思っている事、共犯だと思っている事、お礼を聞いた事。
Rは笑って言った。
「実はよ・・・
あいつ屁して自分で驚いて落としたんだよ」
(えぇえええ~‼)
真実はこうだった。
ダビデは力んだせいか放屁したらしい。その事に自ら驚いたあまりに手を放してしまったそうなのだ。屁をしたという恥ずかしさから動揺したのか2回も落としたと。ダビデはその場では笑っていたが、帰りの車で言わないでくれと口止めしてきたらしい。Rはそんなこと言うかよと返したらお礼を言われたとそういうことらしい。
結局、ダビデは屁をした事実が許せなかったのだろう。人前でしてしまった事実をダビデのプライドは許せなかったのだろう。音など僕には聞こえてなかったのに。
だが、だとしたら・・・僕はもう1つ聞いた。僕がトイレから帰ったら真顔で話していたのを見たのを。
するとこれまた予想外の事実がRから告げられた。
「あ~それな・・・
財布忘れたから貸してってだけ」
(はっ?)
内容はこうだ。
財布を忘れたのが恥ずかしくてRからお金を借りようとしたらしい。そこでRはどうせバイト代も入るし奢ると提案したのだが、断固と拒否してきたと。奢ると嫌だのやりあいだった為真顔だったんじゃないかと。R自体も曖昧な記憶だったのだが、そう言えばあの時Rが奢ってくれたんだった。きっとダビデの気遣いを半減する目的で僕の分も出したのかもしれない。
結局、僕の推理は見事全部外れたという思い出なわけなのだが、本当に外れて良かったと今でも思っている。
人のプライドとは一体何なのだろうか。何がきっかけになるか、何に作動するかは人それぞれだし、他人には全く分からないものだと強く思った。
とは言え、屁を恥ずかしいと思うというのは少なからず分からんでもないのだが・・・
僕のプライドは何に作動するのだろうか。作動してしまうのだろうか。
それを誰に知られてしまうのだろうか。
そう思うのは何故なのだろう。誰にも知られないことが良いことなのだろか。それとも知られることが良いことなのだろうか。
分からない。分かるわけがない。
ただ1つ気づいたのだが、たぶん僕は分からないことを分からないと言えることに、ある意味プライドを持っているのかもしれない。
なんの価値もないかもしれないけど、そんな気がしている。
ただ、あきらめが早いとも言えるのだが・・・
そう言わないのが、ずばりなんだと思う。
ですね。