声フェチまでいかないがそれなりの拘りはある方だというのは自覚していた。
どんな声が好き?と聞かれれば、イイ声と答えるわけだけど、各々でこのイイ声の基準は変わるわけだ。よね?
当然僕にもイイ声と思える基準はあるのだけど、コレという具体的な声があるわけでもなく、自分の心の状況によっても変化するみたいだ。というのが最近強く思うようになっただなも(あつ森?
というのも
企画とはいえラジオやろうと始めたわけですけど、最初はどうやるのかなと所謂パイセン達のラジオを聴くわけですよ。すると全部ではないですが、中に聞いてられないのがあるんですよ何故か。いや面白いとかつまらないとかのジャッジじゃな無くて。
そもそも僕はラジオを聴くという習慣がなくて。というのも学生時代はガチ運動部だったというのもあり~の、寮生活で相部屋だったのもあり~の、トツギ~ノ(はいお疲れさん
そんな話はどうでも良くて
ようは一人で聴くような時間をもてなかったというのがあると思うんですけど、とにかくラジオに対して興味が全くないわけですよ。わかないわけですよ。はい。
だからなのか何なのか、ラジオの内容がどうの以前に声の好き嫌いのジャッジがえげつね~んですよ。いやマジで。基本男性はアウトです(笑)僕の好きな男性の声は森本レオと西島秀俊さんだけです。何故かレオだけ呼び捨て←
ただこれが知り合いとなると話は別なんですよ。言わば単に聴くではなく、聞くになると聴けるんですよね。所謂話すに近い感覚になるんだと自己分析中ですMY脳みそ←
でもそうじゃないですか?話す時って声質云々より、相手のことを考えてますよね。それこそ興味を持っているわけですよ多少なりとも。だから興味がない場合は聞けないでしょうけど。
となると、興味などの感情がない時の助けて~てな救難信号的な声も聞き逃してるのかなとか思ったり。
知り合いの助けては聞こえて、知らない人の助けては聞こえないとか。だとしたら。とか。
ただ、そもそも聞くという意志とは関係なく声よりも音として流れてくるような気がする。じゃあ大丈夫かなと安心したので、無駄に顎をしゃくらせてみた。意味はないッス。
とにかく認識の無い相手の声に関してはある意味敏感になるんでしょうね僕は。他人事みたいですけど。そんな気がするんですよね。
てことは僕は、聴くより聞くがしたいんだろうな。話したいんだろうな。人と。
いや人以外とはしゃべれないでしょと。
いや、そこ?みたいな。
これで終わることしかできない僕の悲鳴聞こえてますか?
そっとしゃくらせるのをやめた。
不安なのね。
ですね。